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四国を代表する大谷焼の特徴を教えて

大谷焼の特徴をご紹介します。

徳島の焼物「大谷焼」

 

日本では古くから各地で様々な焼物が作られており、四国では愛媛の「砥部焼」や高知の「尾戸焼」が有名です。
徳島の「大谷焼」は生産数の少なさなどから知名度がやや低い焼物でしたが、近年、その素朴さと落ち着いた雰囲気、人気アニメ作品とのコラボなどで注目され、現在は四国を代表する焼物の一つとして知られています。大人がすっぽりと入れるほど大きな甕を作ることで有名な大谷焼にはどのような特徴と歴史があるのでしょうか。

 

大谷焼の特徴

大谷焼は徳島県鳴門市を中心に作られている焼物で、現在の大麻町大谷で江戸時代から作られるようになったといわれています。
大谷の土は鉄分を多く含んだやや粗い土で、焼くとザラリとした感触で少し金属的な光沢を持つ器肌になります。
基本的に装飾などは行われず、ろくろを使って成形した後、乾燥させて釉薬をかけて焼成するというシンプルな工程で作られます。
民芸品的な素朴で温かみのある見た目で、色は主にこげ茶色をしていますが、深い銀色や灰色、藍色の作品などもあります。
また、大谷焼は「寝ろくろ」という二人一組で使う独特なろくろを使うことでも有名です。寝ろくろは大甕などの大物を作るときにしか使用されませんが、一人が寝ながら足を使ってろくろを回す仕組みになっているため、二人の呼吸が合っていないと上手く成形ができません。

 

大谷焼の歴史

大谷焼の歴史は不明な点が多く、どのような経緯で生まれ発展してきたかは現在も研究が進んでいますが、1780年に豊後(現在の大分県)で焼物細工師をしていた納田文右衛門が四国八十八ヵ所霊場に来た際、大谷村山田でろくろ細工を披露し、赤土で陶器を作ったのが始まりだといわれています。
1781年には、陶器に興味を覚えた徳島藩11代藩主 蜂須賀治昭の命で村内に窯が築かれ染付磁器が製作されるようになりますが、原材料費がかさんだため3年後には窯が閉鎖されてしまいます。
しかし、1784年になると藍商人であった賀屋文五郎が信楽焼の職人らと共に窯を復興させます。村内に大量生産可能な登窯を築き、日用雑器や藍の染料を貯めるための大甕(藍甕)が焼かれるようになりました。
明治時代に入ると化学染料の開発や生活様式の変化などで藍染の需要が減り、その影響で大谷焼も不振に陥りますが、現在も大甕は作り続けられているほか、カップ、皿、徳利、茶器などといった食器も作られています。

 

まとめ

 

地域の生活に密着した焼物として発展した大谷焼は、2003年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
一方、人気アニメ「Fate/stay night」や「アイドルマスター シンデレラガールズ」などとコラボした作品を手掛けるなど、伝統にとらわれない展開もみせており、今後の発展がさらに期待される焼物です。
比較的手ごろな価格で購入できるので、機会があればぜひ一度手にとってみてはいかがでしょうか。

 

 

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