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截金(きりかね)とはなんですか?人間国宝にはどのような人がいますか?

截金(きりかね)と、截金の人間国宝についてご紹介します。

截金(きりかね)とは

截金は、細い線状に切った素材を仏像や壺などに貼り付け、模様を描く伝統技法です。直線や曲線で表す「麻の葉」「青海波」などのほか、草花、鳥などを緻密に描くこともあり、繊細な美しさが魅力です。

 

素材

截金は、金、銀、プラチナなどの「箔」を数枚焼き合わせ、細い線状に切った「截金」と、三角やひし形に切った「截箔(きりはく)」、截箔に透かし彫りを施した「裁文(さいもん)」が素材です。

金箔のみ、銀箔のみなど、一つの金属だけを焼き合わせて使うほか、仏像などには金箔と金箔の間に銀箔を挟んで焼き合わせた「仏師箔」が使われています。

銀箔は経年変化で変色してしまうことがあるため、鎌倉時代以降はあまり使われなくなり、現在は銀色を表現するときに、銀箔ではなくプラチナ箔を使うことがあります。

 

歴史

截金は、仏教や仏教美術とともに中国大陸や朝鮮半島から日本に伝えられたといわれています。

仏像や仏具、仏画の装飾として用いられ、仏教の隆盛とともに平安時代ごろに飛躍的な発展を遂げましたが、室町時代以降は仏教美術の凋落や、金の粉末と膠水を混ぜた絵の具を使う「金泥」を使った技法の出現で衰退。

後継者もいなくなり、東西本願寺の庇護の下で限られた人にのみ継承される技となってからは、名前すら忘れられていましたが、近年になってその技術が見直され、仏教美術だけではなく工芸品などに使われるようになり、少しずつに認知が広がっています。

 

截金の人間国宝

 

齋田梅亭(さいたばいてい)

1900年、京都・西本願寺御用の截金師の家に生まれた齋田 梅亭は、截金を仏教時術だけではなく、屏風、額、衝立、茶入れや飾箱などに応用し、工芸分野としての截金の基盤を築き、截金の技の復興に勤めました。

特に屏風や額などの平面な作品の截金においては、魚、海草、牡丹、紫陽花、椿の花などを写実的に表現した作風で知られており、截金の分野で初めて人間国宝に認定された人物です。

 

西出大三(にしでだいぞう)

1913年、石川県で生まれた西出大三は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)在学中に、彫刻家の高村光雲が京都の浄瑠璃寺の秘仏の模刻を製作する際、台座に施された截金の文様が復元不可能あったため、金泥で代用したことを聞いたことから、截金の研究に取り組むようになり、独力で技術の復元に成功しました。

彫刻で馬・牛・犬・雀・鶏などの動物や鳥類を作り、そこに截金を施す作風を得意としたほか、岩絵具による彩色やさまざまな金箔の装飾技法を併用して、繊細で華やかな作品を生み出しています。

 

江里 佐代子(えり さよこ)

1945年京都市に生まれ、大学で日本画や染色などを学んだ江里 佐代子は、仏師である江里康慧と結婚を契機に、截金師の北村起祥のに師事し、截金の技法を習得しました。

截金を飾筥(かざりばこ)、棗(なつめ)、香盒(こうごう)、結界(けっかい)、屏風(びょうぶ)、衝立(ついたて)、額装、壁面装飾へと応用しその可能性を広めたほか、夫の江里康慧との二人展「仏像と截金」なども開催。

截金の認知度を高め、普及にも力を注ぎ、截金分野3人目の人間国宝に認定されています。

 

 

まとめ

一度は技術が失われかけたという歴史を持つ截金が施された仏像や仏画は、希少価値が高く、時代が古い骨董品である可能性があるため、買取査定を行うと思わぬ高値がつくこともあります。

もし、お手元に売却を検討している截金がございましたら、弊社にご相談ください。

 

 

 

 

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