大樋焼(おおひやき)の特徴とは?飴釉と手びねりが生む魅力をご紹介
大樋焼(おおひやき)についてご紹介します。
石川県の伝統工芸「大樋焼」の特徴

大樋焼(おおひやき)とは、「手びねり」と「飴釉(あめゆう)」による温かみのある風合いが特徴の、石川県金沢市で生まれた焼き物です。
輪島塗・加賀友禅・金沢漆器など、石川県には数多くの伝統工芸が存在しますが、大樋焼も石川県を代表する伝統工芸のひとつとして知られています。
石川県の陶磁器といえば鮮やかな色彩で彩られた「九谷焼」が有名ですが、大樋焼は九谷焼に比べると質素で素朴な印象があり、現在でも温かみがある、シンプルで使いやすいなどの理由で愛されています。
手びねりによる形の魅力
大樋焼は、ろくろを使わずに手で形を作る「手びねり」という技法で制作されます。
土の塊を指や手のひらで少しずつ整えていくため、均一ではないやわらかな輪郭や、自然なゆがみが生まれるのが特徴です。そのため、同じ形のものは二つと存在せず、作品ごとに異なる表情を楽しむことができます。
また、手びねりによって生まれるわずかな厚みの違いや丸みは、手に持ったときのなじみやすさや、口当たりのやさしさにもつながっています。
飴釉が生み出す独特の風合い
大樋焼の大きな特徴のひとつが、「飴釉(あめゆう)」と呼ばれる飴色の釉薬です。
落ち着いた茶色から深みのある飴色まで、焼き上がりによって微妙に表情が変わり、一つひとつ異なる風合いが生まれます。光沢のある質感の中に温かみがあり、使い込むほどに色合いに深みが増していくため、器を育てる喜びを感じさせてくれます。
特に抹茶の鮮やかな緑との相性が良く、茶碗として高く評価されてきました。
大樋焼の歴史
陶工 長左衛門が築いた大樋焼の伝統
寛文6年(1666年)に、裏千家4代目家元・千宗室とともに加賀を訪れた「陶工・長左衛門」が、現在の金沢市大樋町に居を構え、窯を開いたことから始まりました。
長左衛門は千家十職の一つである楽家4代に師事した最高弟です。
優れた技術で作られる大樋焼は、当時の加賀藩主・前田綱紀から手厚い保護を受け、「大樋」の姓を与えられて藩の陶器御用(藩主が使用する陶磁器の制作)を勤めます。
以来、明治維新までは藩の「御庭焼」の地位を確立しました。
茶陶としての人気を浴びた飴釉の色合い
当初は、黒や赤の釉薬を使用していましたが、京都の楽家から楽焼と同じ黒や赤の釉を使うことを禁止されたため、独自に「飴釉」という飴色の釉薬が開発されました。
そうして飴色の器に抹茶の緑が映えることから、茶道具として高く評価されるようになります。
明治維新以降は御庭焼の地位を失って一時的に衰退しますが、昭和に起こった「茶陶ブーム」の影響で再び脚光を浴び、全国的に知られるようになりました。
大樋焼と楽焼の違い
大樋焼は楽家の最高弟である長左衛門が始めたということもあり、製法や雰囲気は楽焼に似ています。
ただ、楽焼と大きく違うのは、黒や赤の釉の使用を禁じられたことがきっかけで生まれた「飴釉」を使用することです。
ろくろを使わず、手びねりで形を作ったあと、ヘラやカンナで形を整えて950〜1000度で本焼きを行い、窯から取り出して急激に冷やすなど、楽焼と共通している工程がほとんどです。
そのため、大樋焼は「楽焼の脇窯」とも呼ばれ、手に持ったときの軽さや口当たりの柔らかさなど、楽焼と似た特徴を持っています。
▼関連記事
【楽茶碗】千家十職の茶碗師が作る楽茶碗とは?黒楽茶碗と赤楽茶碗の見分け方も徹底解説
大樋焼は使うほど味わいが深まる焼き物
茶の湯のための器として楽焼から派生し、独自の発展を遂げた大樋焼の作品は抹茶茶碗が中心ですが、急須や香合、湯呑なども作られています。
また、二色の釉を使った作品やヘラで模様をつけた作品などもあり、楽焼とは一味違った魅力を持っています。
大樋焼は大樋長左衛門窯の敷地内にある「大樋美術館」や「金沢市立中村記念美術館」で鑑賞できますので、近くを訪ねる機会がありましたら、足を運んでみてはいかがでしょうか。
お茶道具の高価買取はゴトー・マンへ
ご自宅で眠っているお茶道具はありませんか?作家名が分からないものや書付があるけど読み取れないものも、知識のある専門スタッフが査定することで、思わぬ価値がつくかもしれません。
岐阜・愛知・三重・滋賀への無料出張買取を承っている「ゴトー・マン」では、茶道具の知識を持つ専門スタッフが一点ずつ丁寧に確認し、適正な価格をご案内しています。
「状態がよくない」「価値ある作品かどうか分からない」とお悩みの方も、ぜひ一度ご相談ください。





